金属アレルギーの人でも使えるオリジナルアクセサリーの製造・販売からアクセサリーのOEM、アクセサリーの修理まで、アクセサリーにまつわるさまざまな事業を手がけるグラスムーン。ひとりで複数の事業を回す創業者の玉邑園栄さんは、鯖江にあるさまざまな工場とアクセサリー業界を、あるいは鯖江の工場とエンドユーザーをつなぐハブのような役割を担う人物です。そんな玉邑さんに、なぜグラスムーンを立ち上げたのか、鯖江やワカヤマとはどんな関わりがあるのか、お話をうかがいました。
お話を聞かせてもらった人
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グラスムーン
玉邑園栄 氏
お話を聞いた人
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株式会社ワカヤマ
ものつくり戦略室
山本瀬菜
金属アレルギーの発症を機に、
アクセサリー製作を開始
山本:
今日は福井市にあるグラスムーンさんの店舗にお邪魔していますが、とても素敵な空間ですね。いま私たちがいる1階がアクセサリーショップで、2階は?
玉邑:
2階はオリジナルアクセサリーの製作に使う工房です。
山本:
あらためて事業内容についてうかがうと、オリジナルアクセサリーの製作・販売とアクセサリーのOEM、それからアクセサリーの修理もしていらっしゃるんですよね。
玉邑:
そうですね。ワカヤマさんには3つの事業のすべてにお力添えいただいています。
山本:
初めてワカヤマに依頼してくださったお仕事はアクサリーの修理だったそうですね。弊社の前社長の時代からのお付き合いだと聞いています。
玉邑:
初めてお仕事を依頼したのは、もう20年以上も前のことになります。私は建築士だった父の影響で幼い頃からモノづくりが好きで、小学校の卒業アルバムの将来の夢に「服飾デザイナー」と書くような子どもでした。
結婚を機に石川県から福井県に転居したのですが、出産後、金属アレルギーを発症してしまいます。大好きだったアクセサリーを身に付けられなくなり、それならアレルギーの人でも使えるアクセサリーを自分でつくろうと、革紐やガラスを使った1点モノのオリジナル製品をつくりはじめました。
それが好評をいただいたので販売もはじめたところ、もっと多様な製品──たとえば小さなチャームのついたチェーンネックレスを身に付けたい、自分でつくりたいと思うようになって。金属アレルギーの人は貴金属のチェーンはNGでも、チタン製のチェーンなら身に付けられますよね。
玉邑:
ただ、さすがにチタンを自分で加工することはできません。そこで外注先を探してアクセサリーの加工工場の集積地として知られる東京・御徒町を訪ねたところ、ある工場の方に「あなた福井県の鯖江市から来たんでしょ? 鯖江にはメガネに使う小さなチタン製の部品をつくれる工場がたくさんあるんだから、ジュエリーもそこでつくれるんじゃないの?」と言われたんです。
山本:
鯖江といえばメガネですからね。ワカヤマでもメガネの部品のメッキや塗装といった表面処理が主力の技術のひとつになっています。
玉邑:
そう、とても有名な話ですが、私はもともと鯖江の人間ではないこともあってピンとこなかったんですね。その後、鯖江に戻って言われたとおりに地元の工場を回ってアクセサリーの加工を依頼したものの、ことごとく断られてしまいました。みなさんメガネの部品だけを大量生産しているような工場なので、アクセサリーという異業種、しかも10ペアのイアリングなんて少量の注文は相手にしてくれないんですよ。
それでもあきらめずに工場を回っていると、1社だけ引き受けてくださる工場が見つかって。そんなことをしているうちに鯖江の工場がいかにすばらしい技術をもっているのかを知り、「これは小売りするだけではもったいないな」と感じるようになりました。そこでオリジナルアクセサリーとは別にOEMの事業をはじめることにしたんです。
山本:
なるほど、そんな経緯があったんですね。
玉邑:
ただ、さきほど山本さんもおっしゃっていたように、二十数年前にワカヤマさんに初めてお願いしたお仕事はOEMではなくアクセサリーの修理だったと記憶しています。当時、グラスムーンのオリジナルアクセサリー事業のほうで、自社製品を買ってくれた人たちからの修理依頼に応えているうちに、他社製のアクセサリーの修理も引き受けるようになっていました。
あるとき塗装の剥げたアクセサリーを修理してほしいという依頼が舞い込んで、鯖江の塗装会社さんを調べて見つけたのがワカヤマさんだったんです。たった1個のアクセサリーの修理なんて引き受けてもらえないかもしれないと思いながら、おそるおそる工場まで持って行ったら案の定断られたのですが、先代の社長は口は悪いが心は温かい方で(笑)。「うちはメガネの塗装しかやっていない」と言いつつ、最後には「置いてけ」みたいな感じで修理を引き受けてくださいました。
それ以来、修理だけでなくOEMのお仕事もたくさん依頼するようになって。先代から現社長に代替わりしたいまも、無理難題を押し付けては快く応えてもらう関係がつづいています。
アクセサリー専門の
加工業者にも勝る鯖江の技術
山本:
グラスムーンさんが手がけられているオリジナルアクセサリーの製造・販売、アクセサリーの修理、OEMのうち、メインの事業はどれになるのでしょう?
玉邑:
売上はOEMが突出していて、全体の8割を占めます。とはいえOEMの製造はすべて製造工場や加工工場に外注するので、私自身の役割はコーディーネーターといったところでしょうか。
山本:
OEMのお仕事では、たとえばどんなところから玉邑さんに依頼があるのでしょうか?
玉邑:
山梨のジュエリー業界からの依頼が多いです。鯖江がメガネの一大産地であるのと同様に、山梨県の甲府市はジュエリーの産地として名高い街です。ジュエリーやアクセサリーの加工業者が集中していて、世界中のジュエリーブランドやファッションブランドが商社を通じて山梨の工場に製品の加工を依頼するんですね。
けれども山梨の加工工場では技術的に対応できないものもあって、そういうものが私のところに流れてくることが多いです。たとえばチタンは表面処理のむずかしい素材で、メッキ加工できないというのが業界での通説です。実際、山梨の工場にお願いしても「チタンだからメッキできません」と断られたりするんですよ。けれど、鯖江にはできる工場があります。ワカヤマさんもできますよね?
山本:
はい。チタン用金メッキを付け、高温で焼付けてから目的のメッキ処理をするなどのノウハウがあります
玉邑:
チタンへのメッキもさることながら、ほかの金属へのメッキ加工でも鯖江はズバ抜けて高い技術をもっていると感じます。私は職業柄、いろいろな地域の工場へアクセサリーのメッキ加工を依頼しますが、鯖江で加工した製品はほかの土地でやったものに比べてあきらかに優れていると一見しただけでわかります。色の均一感と艶が全然違うんですよ。
山本:
そうなんですか。もちろんワカヤマは自社の技術に絶対の自信をもっていますが、ふだん、ほかの地域の工場さんの仕事と比べることはないので興味深いご意見です。
玉邑:
その要因は鯖江のメガネにあって、メガネレンズは薬事法において医療機器に分類されますから、メガネ自体が医療と結びつきの強い製品なんですね。製品に不備があるとたいへんなことになるので、品質や管理に厳しい基準が求められます。
一方、アクセサリーやジュエリーはファッションアイテムですから、安全性よりもいかに美しいか、かわいく見えるかに重きが置かれます。だから悪いわけではありせんが、事実として品質や管理の基準はメガネよりもずいぶん甘い印象です。
山本:
アクセサリーでも加工のむずかしい製品になると、その違いが見た目に表れると。
玉邑:
そういうことです。ワカヤマさんの場合、品質の高い製品に仕上げてくれるだけでなく、遊び心もあるじゃないですか。以前、某健康器具メーカーの製品のチタンのパーツへのメッキ塗装をお願いしたとき、ふつうに金メッキするだけではおもしろくないので、できればメッキに模様をつけたいと無理なリクエストをしたことがあるんです。
すると社長が「おもしろいことができるかも」と、パーツにレーザーマーキングを施し艶がある部分と艶がない部分を両方つくったうえでメッキをかける表現を提案してくれました。そうすることで、パーツに手の込んだ模様を彫ったように見せることができると。やってみてくださいとお伝えしたら、ものの一晩で仕上げて、翌朝には「できたよ」と見せてくださって。発想もすごいが速さもすごいと驚いたことを覚えています。
あと、ワカヤマさんに依頼したお仕事で忘れられないのが、某ファッションブランドのOEMの指輪の塗装です。ユニークなかたちをした鮮やかな赤色の指輪で、クライアントの希望通りの色や艶を表現してもらうのもむずかしかったと思いますが、いちばん大変だったのが指輪の内側の表面処理です。指輪の内側には色をつけず、地のシルバーに刻印したブランドロゴの部分だけ赤にしてほしいというオーダーでした。
いろいろなやり方を検討した結果、指輪の内側も一度すべて赤に塗装して、あとから刻印部分以外の塗装をはがしてロゴの赤だけを残す方法を採用することに。指輪の内側は塗料を吹き付けにくいにもかかわらず、塗料の厚さや密度など、こちらの細かな要望を完璧に満たした仕事をしてくださいました。
しかも例によって納期の短い仕事だったからか、塗装の際、若山社長が自ら被塗物の指輪を治具に固定してくれたそうで。治具は私が指輪のかたちに最適化したものを即席で自作して持ち込んだのですが、その治具の先端の尖った部分で社長が指を切ってしまったんですね。作業の進捗を確かめるためにワカヤマさんの工場を訪ねると、社長の手が絆創膏だらけになっていて(笑)。「この治具、危ないよ。時間がないから僕がやったら血だらけになったよ」と怒られたのも、いまとなっては良い思い出です。
オリジナル製品、OEM、修理。
3つの事業の良い関係
山本:
それでは最後に、今後の展望をお聞かせください。
玉邑:
まずOEMについては、今後もワカヤマさんをはじめとする鯖江の協力会社さんたちと一緒に良いものを世に送り出していきたいです。うちがメインで扱うアクセサリーのなかでも、とくにチタンの製品に注力したいですね。自分が金属アレルギーになったことがきっかけではじめた仕事なので、そこはブレたくないというか。
いまもジュエリーメーカーさんや宝飾店さんの多くは、チタンの製品を敬遠する傾向があるんですよ。そんなものを店に置いたら、プラチナやゴールドの製品が売れなくなるからと。だけど金属アレルギーの立場からすると、チタン製品を置いていない店には用がないので、足を運ぶことはありません。お店にとっては機会損失ですよね。
逆にいえば、お店にチタン製品を置くだけで、これまでリーチできなかった層が潜在顧客になる。その人たちがこぞってお店に足を運んでくれるようになれば、新しい事業になるくらいのインパクトがあるんじゃないですか? 福井の工場でならすばらしい表面加工ができるんです、だから考えてみませんか? というアピールはどんどんしていきたいですね。
それから、個人的にはオリジナルアクセサリーの製作にももっと力を入れたいのですが、この数年間はコロナだったこともあって外出する機会が少なく、創作やインスピレーションに必要なひらめきを得ることができませんでした。幸いコロナも収束したので、これからはオリジナルアクセサリーにも時間をもっと割きたいと思っています。
玉邑:
とはいえアクセサリー修理業のほうも忙しく、いまも毎日1件は必ず修理の依頼が舞い込む状況です。ただ、私はモノづくりが好きなので、修理は修理で楽しいんです。それに、わざわざお金を払って「修理してください」と遠方から送られてくるアクセサリーには、修理してでも使いつづけたい魅力があるということです。その製品を実際に見て修理することが、オリジナルアクセサリーのアイデアにつながることもあって。
結局のところ、3つの事業を良いバランスで回していくことが、自分にとってもベストなスタイルなのかもしれません。ワカヤマさんにはすべての事業において今後も無理難題を押し付けてしまうかもしれませんが、懲りずに末永くお付き合いいただけるとうれしいです。
山本:
ありがたいお話です。こちらこそよろしくお願いいたします。
編集 : 株式会社KATATI / 文字 : 岸良ゆか / 撮影 : 西林将門
グラスムーン 様
金属アレルギーの人でも使えるオリジナルアクセサリーの製造・販売からアクセサリーのOEM、アクセサリーの修理まで、アクセサリーにまつわるさまざまな事業を手がけるグラスムーン。